2015年9月7日月曜日

デモ

昨今の安保法案を取り巻くデモの報道やらを見ていて、すごく不思議な点が。

ということで箇条書きに。

1.今って平和なの?
日本はソフト面でもハード面でも平和だと思うんだけども、それは首都圏にいるだけであって、
小笠原諸島における密漁一つとってもこれは本来、領海侵犯であり、普通に考えると、軍隊出動もんだ。
このたびの「平和安全法制」の概要を参照する限りでは、島国である日本を守るための法整備だと思うけどなぁ、と。

2.自衛隊って憲法違反じゃないの、違反を糺すのは世の常じゃないの?
子供の時からずっと不思議で、自衛隊の存在そのものが違憲とされているのであって、
それがずーっと不思議。自衛隊礼賛とそういうのではなく、とにかく不思議。

んで。
これをなぜ合憲としないのかとっても不思議で。
あるんだからもう合憲でいいじゃん、それをなぜ拒む必要があるんだろうか。

3.徴兵ってなに?
少なくとも、今回のデモには「戦争に行きたくない!!」とかなんとかいう人が多いのには閉口。
集団ヒステリーかなぁと。

4.戦争反対 VS ?
たぶん、世の中にいる全員が、戦争反対って言ってる。中国だってそう。
でも実際は少数民族を虐殺するわ、領海侵犯するわで戦争の火種をばらまいているわけで。
でも彼らは戦争したくないんだよね。
だから、火種になりそうな少数民族は消毒するし、経済水域確保のための橋頭保を他国の経済水域に設置するし、他国の一県に独立を促すような活動を行うし。

正義の反対は正義なんだよね、ってこれは漫画やゲームで学ぶ話なんだがなぁ。

というか、ですね。
たぶん今の30代は政治に振り回される恐怖を知っていると思う。

20代前半くらいとかに民主党政権だった人って、この民主主義が衆愚政治であることを認識しているし、それを酷く憎んでいる。
だから、口だけ薄っぺらいことを言う政治家と、その恐怖をわからない他年代の有権者を憎んでいるんだと思うよ。

だから、衆愚を扇動する今までの手は効かないかもなーってすごく思いますです、まる。








2015年8月22日土曜日

共感性

あらすじ

「ナオンに共感される男がモテる」と聞いたファーザーは、オンナスキーとともに、共感される男を目指すのであった。

さておき、
「わかる」
「それな」
としばしば簡略化されるコミュニケーションだが、自分の意思、主張が、周りとどれくらい齟齬があるのか、は常日頃確認する必要がある。

意思、主張だけで良い。

手段、プロセスは確認する必要はない、こちらで決めて良い、
「お忙しい様なので」
「こういう事かと思って」
と、言って、勝手に決めれば良い。

提案を受けたうえで変更するには、ゼロから提案する以上のパワーを要する、馬鹿馬鹿しいはなしだが、これで何度も煮え湯を飲まされている。

んで、共感に必要なことは、
作り笑いと賢い振りと、度胸。

でも、コレって大概の人が嫌がる媚を売るって事なんよね。

仕事をして十年、二人から
「最近チョーシ乗ってんな」
と面と向かって言われたことがある。

まぁ、二人共、それができなかったからだと思うと、何ともなぁと。

自分の為に、自分の信じた事を自分のやりたいように出来なくなるんだなぁ、と思って、少し悲しく。

2015年7月6日月曜日

ひとを動かす

自身の意向を他人に伝えることは難しい。

最近はとある仕事を4グループに依頼し、その出来を週ごとに確認する仕事「も」始めた。
(強調したいのは、それが自身の本流となっていないからだ、悲しいことに。)

つまりは、自身の意向通りにコントロールすればいいのだが、これがまた面白く。

受け取る側の能力や性向によって言い方を調整しないと、うまくいかない。

糸井重里は何かを選択する際、もっとも刺激的でないものを選ぶといった。
受け取る側でそうなのだ、情報を与える際には、ここは重要視しなければならない。

。。。昨今、徴兵制度が始まるという趣旨のビラを民主党が出そうとしたという記事を読んだ。
朝日がすっぱ抜いたことによる朝日批判を民主党がしているようだが、

現時点で徴兵制度の話はあまりにも飛躍していて、あまりに刺激的である。

また、沖縄の新聞社2社が共同で会見しマスコミへの広告の出稿について言及した自民党の若手勉強会についての謝罪を求めていたが、
そもそもが、沖縄の新聞社の論調があまりに刺激的すぎるとも聞く。

刺激的すぎて、それに対して麻痺しているのか、というように思うし、それに対する罰が正しく与えられたということなんだろうと。

一方で石破氏はこう言う
自民党がガタガタとするのは政策よりも「なんか自民党、感じが悪いよね」と国民の意識がだんだん高まっていったときに危機を迎えるのが私の経験だ。
http://www.asahi.com/articles/ASH725HLVH72UTFK018.html

これはまさにその通りである。



2014年12月27日土曜日

2014年の終わり

ことしも一年間楽しかった。

33歳となって、まぁ世の中的には「オトナ」だよねー的な雰囲気がある中、
まだまだできていないことを指摘されることもあり、
恥じ入ると同時に、まだまだもっと知ることがあるなぁと、強く思う次第である。

目下の課題は社会性の獲得である。

これは「世間一般」の、ではなく「今、勤めている会社において」の一般的にいわれる
社会性の獲得であり、うわぁなんか書いてて社畜っぽい!

一つは、ちゃんと人に話してもらえるようになること。

もう一つは人の期待に添えられるだけの働きをすること。

前者は簡単であるよう思えるが、2000人近くいる会社の中で、
いかにして自分を選択してもらえるか、は課題である。

正直、自分のいる部門はお金を稼ぐことができないので、いわゆる花形ではない。
だけども、この部門のなかで一番目立つ、というのは課題として面白い。

もう一つの期待に添えられる働きは、相手の立場になって考える、ことが必要であるけども、
それ以上に最近は働く際にほかの人にそれを伝えなければならない。

上長への報告、同僚への連絡などなどなど。

この辺を面倒である、と、切り捨てると社会を憎みながらソウルジェムを濁らすだけであり、
そういう仕事のやり方はいい加減卒業したいなぁ、と。

この辺の社会性って広義には「コミュニケーション能力」に含まれるものであり、
さらに広義には「おもいやり」に含まれるので、なんともなあと。

まぁ、来年もいろいろ大変なこともあろうかと思いますけれども、
自身の成長も楽しみだし、子供の成長も楽しみ、また、来年には待望のリコ・ロドリゲスが帰ってくるのでまだまだ楽しんでいきたいと思います。


セインツロウ ザ サード 実績アレコレ。

9月~11月と、いろいろと多忙でありまして、据え置きに戻ることができなかったのですが、
ようやくひと段落ついたのと、しばらくぶりに箱庭系ゲームに手を出してみたくなったので、
棚から引っ張り出してきました。

今のところ最終ミッションまで終わった、というところ、収集系はまだまだこれからですね。

んで、自分が詰まりそうになったところをチラチラ書いていこうかなぁと。

・ゲンキ博士
基本的にコンボ命です。
難易度がハードだとコンボなしの場合、全部の敵を倒してもスコア不足で泣くことになるでしょう。

効率的にコンボをつなげるのは不確定要素を孕む射撃ではなく、近接以外ありません。
ですので、取り掛かる際にはマップの形状、敵の初期配置を体で覚える必要があります。

また、スコアを上げすぎると、最終ブロックにブルートが発生するものもあります。
これは判断の一つですが、中盤でスコアを上げきって、終盤は走り抜けるのも手です。

また、要所要所でコンボ数に応じ、プレゼントをもらえることがありますが、場所は固定ですが、
内容は不定です。
アサルトライフル、サブマシンガンが来ればあたりですが、手榴弾やショットガンを引いたときは、ションボリです。
まぁ、繰り返し命のゲームなので楽しんで死にながら覚えるといいでしょう。

・サッドパンダスカイレース
マップの把握が命です。
イージーでは2か所、ミディアムでは4か所の屋上に「のれれば」あとは何とかなるでしょう。

このミニゲームのつらいところはクリア、ではなく、実績にあるでしょう。
全リングの通過とすべてのマスコットを殺すことですが、まぁ、イージーで粘り強く取り組めば
なんとかなるでしょう。

・ジャンプイン
サーバー閉鎖により解除不可

え!!となったもの、せっかくこれのためにゴールド買ってきたのに・・・




2014年8月11日月曜日

子供伝えられそうなこと。

色々あって、子供に教えたいこと、を考える。

・楽しむ。
人生には浮きと沈みがある、必ず。
往々にしてそれは、過去が浮きで現在と未来が沈み。
それを考えれば、今を乗り切れば必ず「耐えられる」

・やらないとわからないことの方が多い。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
ただ、誰でも最初から賢者ではない。
人間の時間は有限である以上、経験も有限。
質のよい経験を積むことが重要。

・運が良い
なにかあったときに不運は忘れ、よかったことを探す。
自分は運が良いと信じる、こと。

・信じる
なんでも良い、参考書、人、
何かをしたいときには、何かを信じること。
裏切られた、とは思わないこと、自分の力不足をまず疑い、
自らを責めること。

・考える、話す。
考えたものはカテゴライズしておく、そして話し、それを聞く。
また、聞いたことを頭に入れ、カテゴライズし、またそれを話す。
話の引き出しを広がる、深くする、新しい概念に対し、類推する力をつける。

・他人は他人です。
自分以外の人間とは決して分かり合えないし、分かり合う必要はない。
必要最低限の付き合いはしておくが決して胸襟を開く必要はない。
ただし、開く必要があると思ったら開く。

・自身を類型化する。
他人から見たときに類型化されている方が安心される。
「子供」「大人」「先輩」「後輩」これらはポジションによる類型化
「背の高い」「明るい」この辺は自己のアウトプットによる類型化
少なくとも自己のアウトプットがネガティブなものでと得をすることはない。

・死ぬと思っても大概死なない。
一日5時間寝れば大丈夫、死にたいと思ったら寝る。
いやなことがあっても大体忘れられる。

・金は自分のいやなことに使う
金を使うときは見返りを考える。
得られるメリットの方が高い場合、使わざるを得ない場合を除いて使う必要はない。
遊興費に使うのは手持ちの一割。


2014年5月10日土曜日

なければならない、という話。

親になった、というのはもう三年前の話。

子供を持つこと、にあまり積極的にならない理由についてはちゃんと書いてあって自分でもびっくりしているが、その気持ちに変わりはない。

嫁さんも自分も兄弟がいる、なので安易な気持ちで子供は2人ほしいと考えていて、それは実現させた。

なぜ、2人だったのか、3人ではなく、1人でもなく。

ひとえに親の影響であった、と考えていて、ほかの事柄も同様に親が自分にしてくれたように、子供に接すべきだろうと考えている、自然に。

ただ、この自然に考えているのはすごく怖いことで。

比喩として「親の敷いたレールの上」というものを思春期はよく否定しがちだが、今になって思うと、そのレールの上を今ははずれないように、より早く進めるようにビクビクしながらいる。

皮肉なことに、このレールを外れることには恐怖がある。

家長制度は今や昔、私の「家」は実家ではない、姓は引き継いでいるが「別」の家である。

結婚した時、家を買ったとき、折につけ嫁に両親にそう告げ、本籍は結婚した時に変えた。

家の名を守ること、過去の価値観では重要だったとする向きもあり、秩父の山奥出身の母はこの考えが強かったが、同じく和歌山の山奥から故郷を棄て関東に来た父にはこの考えが薄かったからこそ実現したのかもしれない。

このレールが、かつて母が守りたかった家と同じなのか、
と考えると、結局私は親のやっていることと同じであると思えて酷い呪いを受けたものだと。