2014年12月27日土曜日

2014年の終わり

ことしも一年間楽しかった。

33歳となって、まぁ世の中的には「オトナ」だよねー的な雰囲気がある中、
まだまだできていないことを指摘されることもあり、
恥じ入ると同時に、まだまだもっと知ることがあるなぁと、強く思う次第である。

目下の課題は社会性の獲得である。

これは「世間一般」の、ではなく「今、勤めている会社において」の一般的にいわれる
社会性の獲得であり、うわぁなんか書いてて社畜っぽい!

一つは、ちゃんと人に話してもらえるようになること。

もう一つは人の期待に添えられるだけの働きをすること。

前者は簡単であるよう思えるが、2000人近くいる会社の中で、
いかにして自分を選択してもらえるか、は課題である。

正直、自分のいる部門はお金を稼ぐことができないので、いわゆる花形ではない。
だけども、この部門のなかで一番目立つ、というのは課題として面白い。

もう一つの期待に添えられる働きは、相手の立場になって考える、ことが必要であるけども、
それ以上に最近は働く際にほかの人にそれを伝えなければならない。

上長への報告、同僚への連絡などなどなど。

この辺を面倒である、と、切り捨てると社会を憎みながらソウルジェムを濁らすだけであり、
そういう仕事のやり方はいい加減卒業したいなぁ、と。

この辺の社会性って広義には「コミュニケーション能力」に含まれるものであり、
さらに広義には「おもいやり」に含まれるので、なんともなあと。

まぁ、来年もいろいろ大変なこともあろうかと思いますけれども、
自身の成長も楽しみだし、子供の成長も楽しみ、また、来年には待望のリコ・ロドリゲスが帰ってくるのでまだまだ楽しんでいきたいと思います。


セインツロウ ザ サード 実績アレコレ。

9月~11月と、いろいろと多忙でありまして、据え置きに戻ることができなかったのですが、
ようやくひと段落ついたのと、しばらくぶりに箱庭系ゲームに手を出してみたくなったので、
棚から引っ張り出してきました。

今のところ最終ミッションまで終わった、というところ、収集系はまだまだこれからですね。

んで、自分が詰まりそうになったところをチラチラ書いていこうかなぁと。

・ゲンキ博士
基本的にコンボ命です。
難易度がハードだとコンボなしの場合、全部の敵を倒してもスコア不足で泣くことになるでしょう。

効率的にコンボをつなげるのは不確定要素を孕む射撃ではなく、近接以外ありません。
ですので、取り掛かる際にはマップの形状、敵の初期配置を体で覚える必要があります。

また、スコアを上げすぎると、最終ブロックにブルートが発生するものもあります。
これは判断の一つですが、中盤でスコアを上げきって、終盤は走り抜けるのも手です。

また、要所要所でコンボ数に応じ、プレゼントをもらえることがありますが、場所は固定ですが、
内容は不定です。
アサルトライフル、サブマシンガンが来ればあたりですが、手榴弾やショットガンを引いたときは、ションボリです。
まぁ、繰り返し命のゲームなので楽しんで死にながら覚えるといいでしょう。

・サッドパンダスカイレース
マップの把握が命です。
イージーでは2か所、ミディアムでは4か所の屋上に「のれれば」あとは何とかなるでしょう。

このミニゲームのつらいところはクリア、ではなく、実績にあるでしょう。
全リングの通過とすべてのマスコットを殺すことですが、まぁ、イージーで粘り強く取り組めば
なんとかなるでしょう。

・ジャンプイン
サーバー閉鎖により解除不可

え!!となったもの、せっかくこれのためにゴールド買ってきたのに・・・




2014年8月11日月曜日

子供伝えられそうなこと。

色々あって、子供に教えたいこと、を考える。

・楽しむ。
人生には浮きと沈みがある、必ず。
往々にしてそれは、過去が浮きで現在と未来が沈み。
それを考えれば、今を乗り切れば必ず「耐えられる」

・やらないとわからないことの方が多い。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ。
ただ、誰でも最初から賢者ではない。
人間の時間は有限である以上、経験も有限。
質のよい経験を積むことが重要。

・運が良い
なにかあったときに不運は忘れ、よかったことを探す。
自分は運が良いと信じる、こと。

・信じる
なんでも良い、参考書、人、
何かをしたいときには、何かを信じること。
裏切られた、とは思わないこと、自分の力不足をまず疑い、
自らを責めること。

・考える、話す。
考えたものはカテゴライズしておく、そして話し、それを聞く。
また、聞いたことを頭に入れ、カテゴライズし、またそれを話す。
話の引き出しを広がる、深くする、新しい概念に対し、類推する力をつける。

・他人は他人です。
自分以外の人間とは決して分かり合えないし、分かり合う必要はない。
必要最低限の付き合いはしておくが決して胸襟を開く必要はない。
ただし、開く必要があると思ったら開く。

・自身を類型化する。
他人から見たときに類型化されている方が安心される。
「子供」「大人」「先輩」「後輩」これらはポジションによる類型化
「背の高い」「明るい」この辺は自己のアウトプットによる類型化
少なくとも自己のアウトプットがネガティブなものでと得をすることはない。

・死ぬと思っても大概死なない。
一日5時間寝れば大丈夫、死にたいと思ったら寝る。
いやなことがあっても大体忘れられる。

・金は自分のいやなことに使う
金を使うときは見返りを考える。
得られるメリットの方が高い場合、使わざるを得ない場合を除いて使う必要はない。
遊興費に使うのは手持ちの一割。


2014年5月10日土曜日

なければならない、という話。

親になった、というのはもう三年前の話。

子供を持つこと、にあまり積極的にならない理由についてはちゃんと書いてあって自分でもびっくりしているが、その気持ちに変わりはない。

嫁さんも自分も兄弟がいる、なので安易な気持ちで子供は2人ほしいと考えていて、それは実現させた。

なぜ、2人だったのか、3人ではなく、1人でもなく。

ひとえに親の影響であった、と考えていて、ほかの事柄も同様に親が自分にしてくれたように、子供に接すべきだろうと考えている、自然に。

ただ、この自然に考えているのはすごく怖いことで。

比喩として「親の敷いたレールの上」というものを思春期はよく否定しがちだが、今になって思うと、そのレールの上を今ははずれないように、より早く進めるようにビクビクしながらいる。

皮肉なことに、このレールを外れることには恐怖がある。

家長制度は今や昔、私の「家」は実家ではない、姓は引き継いでいるが「別」の家である。

結婚した時、家を買ったとき、折につけ嫁に両親にそう告げ、本籍は結婚した時に変えた。

家の名を守ること、過去の価値観では重要だったとする向きもあり、秩父の山奥出身の母はこの考えが強かったが、同じく和歌山の山奥から故郷を棄て関東に来た父にはこの考えが薄かったからこそ実現したのかもしれない。

このレールが、かつて母が守りたかった家と同じなのか、
と考えると、結局私は親のやっていることと同じであると思えて酷い呪いを受けたものだと。

PC新調の話

パソコンを買った、SURFACE 2 PRO 128GBである。

今までは自宅に自分用のデスクトップと、嫁さんのノートを所持していたが、
仕事の書き物をするときは嫁さんから借りることも多かったし、
デスクトップを年に一回使うか使わないかくらいになってしまっていたので、こういう選択となった。

占めて12万。いいお値段である。

触ってて思うのは、サービスを優先に作ったのか、という点。
ONEDRIVEや、SKYPEをはじめとしたサービスを売りに十分できるし、そもそも
OFFICEがそのまま利用できるのはとても強みになると思う。

これが好きものと艦これ勢にしか目を向けられていないのはとても不思議である。

転職を「考えて」いる。

最近、転職を考えている。

理由は人間関係が主なように思えなくもないが、たぶんそれが希薄だからこそ不満を持つのだろうか。
ただ、ここ一年の環境の変化による部分も大きいので、その辺を過去の記録として記載しておく。

・会社合併
 詳しくは触れないが、会社が合併したことにより、コストの削減が行われる見込みである。
 一年たってもまだそれが実現に至っていないのはいろいろと事情があるが
 少なくとも2016年4月には色がついた話となる見込みである。

・やりたいこと、の変化
 会社に入社して今年の四月でなんと丸九年たった。
 その間の自身の経験は、債権債務、管理会計、財務会計システムの保守運用である。
 (経験年数の長い順)
 これらの仕事は果たして一般的な他社ではどのように取り組んでいるのだろう、という興味がある。

上記の二点が、転職に対して前向きに考えている理由。
下記の点が転職に対して後ろ向きに考える理由。

・年収の変化
 現在の私の月の基本給は私の年齢万を超えている。
 大きなミスをしなければその差は広がっていく見込みである、そういう会社である。

 家を買った借金が結構残っている。およそ年収の4倍ほど。(まぁ、月に直せば微々たるものだが。)
子供も大きくなる、現在3歳と、6か月の二人、少なくとも自身が受けた教育を行わなければならない、という考えがあるが、それが行えるのか。

・力量
果たして自身の能力は高いのか、低いのか。
決して高いほうではない、自身ではポンコツであると認識している。

まぁ、要するに、力量を高める努力をしてだな、宝くじでも当てて、年収の高いお仕事に転職すればよい話ではあるが、そんなに簡単にいかないよ、という話。

層の話

層、がある。

と認識したのは大学からだろうか。
何かにつけて違和感があった。

多分、『4大出』と同じような違和感。
大学は四年制であるもので、それ以外はない。
というような。

下のツイッターが、物議を醸していた、もちろん広告なので本当かどうかは分からない。

https://mobile.twitter.com/GakuyoSonoda/status/462419726421860352

また、低学歴の世界、という概念がある事を知った。

http://toianna.blog.fc2.com/blog-entry-13.html

層、である。

かつて、家を買うときにマンションも検討していた。

最終的には一軒家を買ったのだが、マンションは川崎駅に遠くなく、環境的に申し分ないものであった。
液状化の危険があることを理由に検討から除外したが、購入時の支払いプランにある、『年収400万でも大丈夫!』
という文言に引っかかっていたのもある。

多分私はそういう人と価値観が合わないからだ。

(一般的には年収の七倍まで借り入れは可能だそうで、理屈上の話であるが。)

低所得であること、はあくまで結果であり私は生来の運の
良さがありそうなってはいない。

あくまで個人の観測の中ではあるが、高所得の人は頭が良い。
続けるならば、頭が良くなるよう進歩している。

知識は知恵になり、知恵は武器になるのだ、という人もいた、

結果は、全て選択の結果である。処遇を呪うことはなんの意味もない、
結果を変えたいなら選択すれば良い。

まあ、要するに自己責任の一言に帰結し手しまうのですこし危険な気もするが、要はそういうこと。





2014年1月5日日曜日

2013年の終わり

2013年がおわって、去年はとてもエキサイティングだったなぁと、つくづく感じている。
年始からのTOEIC受験、そのギリギリの合格。それにともなう課長代理への昇進。それと会社合併。

会社の合併はあまり実感ないとこもあるんだけど、それにともなう雑事にかまけていたからか、とにかく忙しかった。

今年は自分のやりたいこと、を選別していかないといけないのかな、と感じている。

とはいえ、ゲームを止めると、言うのも酷な話で、どっしりと腰を据えて、というのが減るのだろうと。

ふと考えるのは子供が居なかったら、と言うことだが、たぶん今よりずっと実績が増えているだけで、なにも変わらないのかなと。

そう考えると、子供がいる分、少しだけ得をしているのかなぁ、と思っている。

取り敢えず、今年も良い年でありますように。